朱鷺はペリカン目だったのか。
フレンズは動物だった頃の記憶があるらしい。
動物をフレンズにして知性を与えたうえで展示物としてサファリパークを作るって倫理的に問題だと思うんだがどうなってるんだ。
今はフレンズしかいないからあまり気にならないけど、サファリパークの来場者として人間がぞろぞろと来ている光景を想像すると…。
ところで噴火?でサンドスターを撒き散らしている山は一体なんなんだろう。
ありきたりだけど、あれは事故があった原子力発電所で、放射線によって動物が突然変異したのフレンズであるとかを考えたが、サファリパークとして運営していたときからフレンズだったみたいなので違いそう。
人間が退去して廃墟になっているところとかはジュラシック・パークのイメージが重なる。
ジュラシック・パークと言えば、繁殖は全てセンターで管理していて、全て雌だから勝手に繁殖することは無いって設定だったが、これ使えば出て来るのが全て女の子であることに対する論理的な理由付けができる。
物語はバスを運転するためにバッテリを充電するお話。
朱鷺の飛行原理は謎の塊だがそれは置いておくとして。
歌に対するかばんとサーバルの反応が違うのは可聴域の違いを表現していたのかな。
人間の姿での歌い方は人間に聞くのが一番とは思うが、歌以外にも走り方とかいろいろと違うと思うがそこら辺どうなんだろ。
サーバルはわざわざ崖を登ってたけど、流石にロープウェイしか移動手段が無いとは思えないしどっかに車が通れるような道もあったんじゃないだろうかw
ジャガーもそうだったけどアルパカみたいに率先して仕事をしているフレンズもいるようで、人間も早く生きるのに困らなくなって楽しんで仕事をしていけるようになって欲しいものだ。
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